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上諏訪駅の足湯

JR中央線の上諏訪駅を降りると、ホームで温泉が旅人を出迎えています。

諏訪地域では古くから学校や官公庁まで温泉が引かれ、街のあちこちには今も共同温泉が残る温泉施設の多い場所で、昔から温泉が豊富だったことが伺えます。

温泉と並んで諏訪を代表する風景が諏訪湖。
日本の山脈を代表する中央アルプスや南アルプスなどの山々に囲まれた諏訪湖は八ヶ岳や霧が峰から流れる清流で形成され、いまでは諏訪の観光の中心地とも言えます。

周囲17km、最深は7.6m。湖面の海抜は759m。多くの河川が諏訪湖で合流して伊那谷、静岡県を抜け太平洋に注ぐ天竜川の水源にあたり、諏訪湖周辺は湖の氾濫による水害にも苦しんできましたが昭和60年代までに護岸工事が進められ、今の形になりました。



富士山と諏訪湖
また、観光に多くの人々が訪れるのが諏訪大社。全国に一万有余もある諏訪神社の総本社がこの諏訪大社で、湖をはさんで南に上社前宮と本宮。北に下社春宮と秋宮。合計四つの社がありますが、昔の諏訪湖は今より遥かに大きかったようです、建立当時は現在の諏訪大社それぞれの社殿まで諏訪湖が迫っていたのではないかとも言われています。




諏訪大社

古事記にも記載される諏訪大社の神様、建御名方命(たけみなかたのみこと)と妃の八坂刀売命(やさかとめのみこと)の神話は今でも数多く伝わっています。

そのひとつが、ある日建御名方命とケンカをした妃の八坂刀売命が下諏訪へ移ってしまい、この時、綿に湿らせて運んだ化粧用の湯が途中で落ちてそこに湯が湧き上諏訪温泉となって、綿を捨てたところが綿の湯になった。という【綿の湯伝説】。

また、もう一つの有名な神話は、冬の厳しい寒気で諏訪湖に氷の山脈が作られる現象を【御神渡り】と呼ぶ由縁で、実際には水と氷の収縮率や膨張率の違いなどから生む現象と考えられていますが、神話の中では、氷の盛り上がる道筋が南から北方向で、毎回同じような方向に発生することから「諏訪大社上社の男神が下社の女神に会いに行く道」と語られています。

諏訪大社は古来より、多くの武将にも信仰されてきましたが、かの武田信玄は戦のたびに諏訪大社で勝利を祈願したことや、最愛の側室であった諏訪御料人が過ごす小坂観音院(岡谷市湊)と共に諏訪の地には殊更思い入れがあった事と思われます。自らの亡骸を石の棺で諏訪湖に沈めよ。と信玄が言葉を遺したという記録をもとに調査がされましたが、誰もが納得できる結論には至っておらず、戦国の時代と現代とが結ばれるかもしれない諏訪湖浪漫は人々の期待と共に今も諏訪湖の湖底に眠っています。